映画「アシスタント(The Assistant)」

The Assistant 日本では公開されたばかりですが、製作は2019年で、いわゆる#MeTooムーブメントに関連する作品です。

扱っているのは今年始めに公開された「シー・セッド その名を暴け」と同じハーヴェイ・ワインスタインの一件。「シー・セッド……」はそれを報道した記者たちの奮闘を描いた作品ですので醜聞の主が誰なのか明確ですが、本作では“会長”と呼ばれる人物が電話の声などで登場するだけで具体的な人物名は明かされません。その目撃者である主人公の名をジェーンとしたのも、おそらくJane Doe(裁判などで身元不明の女性につける仮名)からとったのでしょう。

つまり“絶対的な権力をもったボス”と、その傍らで働く“どこにでもいる無力な新人”という枠組みで作られており、特定の誰かを糾弾するのではなく、社会全般の問題を指摘する映画です。全体像を曖昧にした代わりにディテイルを具体的に描き、主人公が感じる痛みや辛さをリアルに伝えていきます。

監督を務めたキティ・グリーン(Kitty Green)は、2013年にウクライナのフェミニスト運動”Femen”にフォーカスしたドキュメンタリー映画を撮って注目を浴び、その後、ジョンベネ殺害事件に関するドキュメンタリー映画を発表しています。本作は創作ですが、多くの関係者にインタビューし、その人たちの実体験を組み合わせて脚本化したそうで、ある種の再現フィルムのようなものだと思います。

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映画の内容は、映画会社に勤務して5週間という新人ジェーンの一日を追ったもの。まだ暗いうちに誰よりも早く出社し、会長の部屋を整え、給湯室でコーヒーをいれます。興行収入をまとめたり、会議の資料を人数分コピーしたり、上司の出張の手配をするあたりは一般的なアシスタント業務でしょうが、会長の妻からのヒステリックな電話に対応したり、会長室に落ちていたピアスを保管して持ち主に返したり、通販で買ったED薬(Alprostadil)を棚に収納したりすることは、あまり一般的な業務内容とは言えないでしょう。

プロデューサー志望のジェーンは、ノースウェスタン大学卒でGPA3.8以上という優秀な女性です。入社当初は希望に燃えていたと思いますが、週末も休めないほど忙しいことに疑問を持ち始めています。その忙しさの原因も、会長の気まぐれなスケジュール変更や、会長のプライベートな問題への対応ですからウンザリするのも仕方ありません。

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会長の妻から、夫にカードを止められた、という電話がかかってきた際、銀行に連絡してみますと返事をすると、銀行じゃなくて彼が止めたの、あなたは話を聞いていない、と文句を言われます。そして会長からも“余計なことを言うな”と怒りのメールが来て、その謝罪を書いていると、上司から“この会社で働くチャンスをいただいたことに感謝しています、二度と失望させません”と文末に書き加えるようにとアドバイスされる始末。会長夫妻のトラブルに巻き込まれ、双方から文句を言われた挙げ句の果てに、上司から同情されないばかりか、波風立てずうまく謝罪するように仕向けられるのです。

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精神的にいっぱいいっぱいになって、思わず廊下に出て母親に電話してしまいます。しかし家族からみれば自慢の娘であり、弱音を吐くわけにはいきません。忙しくて大変だけど頑張っている、というありきたりな会話の後“昨日はお父さんの誕生日だったので後で電話してあげて”と母から言われ、父の誕生日さえ忘れている自分に愕然としながら電話を切ります。

新人のアシスタントが来ている、と受付から内線が入ります。入社したばかりの自分がいるのに何故、と訝しみながら対応すると、彼女はサンバレーのパーティで給仕をしていて会長と会い、入社するように誘われたとのこと。アイダホ州ボイシ(Boise)出身の非常に若い女性です。

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しばらくの間、彼女はホテルで暮らすので、ザ・マーク(The Mark Hotel)まで送っていくようにと指示されます。車中の会話で彼女いわく、映画関係の仕事もしたことがある、叔父がクラフトサービス(craft service)をしていてソルトレイクのロケで手伝ったとのこと。字幕ではケータリングとなっていましたが、クラフトサービスというのは休憩場所で飲み物やスナックフードを提供する仕事で食事は扱いません。要するにワゴンカフェ的な仕事を手伝ったことがあると言っているわけです。ちなみにザ・マークは1泊1000ドル以上する高級ホテルで、会長の出張のために予約したザ・ペニンシュラビバリーヒルズ(The Peninsula Beverly Hills)にひけをとらないグレードです。

優秀な成績を携え、高い志をもって入社してきたジェーンの同僚が、映画製作に興味のない、単に若くて可愛いというだけの女性なのです。もやもやしますが、その女性シエナを責めても仕方ないことはわかっています。 しかし倫理的に問題あることもわかります。

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ジェーンは別棟にあるHRの部署を訪ね、責任者に面会します。新しく若いアシスタントが来てザ・マークに送っていったこと、その後、会長がオフィスを離れておそらくそこに行ったこと、よく会長のオフィスにピアスなどが落ちていることなどを語り、理解して貰おうとしますが、彼は話の核心には触れてません。

その何が問題なのか、会社にどんな損害があるのか、言ってごらんという態度で終始します。仕舞いには、この報告を記録しても君にとって何の得にもならない、君のポジションに就きたいという履歴書が400通も送られてくる、と遠回しに圧力をかけた上、立ち去ろうとすると、You’re not his typeと言う始末です。君は彼のタイプではないから心配するなという意味ですね。

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自席に戻ると会長から叱責の電話が入ります。コンプライアンス担当といっても、当然のように話は筒抜けなのです。またもや謝罪のメールです。
出過ぎた真似をしました、あなたと一緒に働き続けられることに感謝しています、と綴り、二度と失望させることはありません、と付け加えます。確かにHRの責任者が言うように、大人同士がどういう付き合い方をしようと、他人が口を挟むべきではないのです。

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こうして、疑問を抱きながらも、企業の慣習に順応しようと自分を抑えてしまうジェーン。かつて映画のメッカだった(現在は映画博物館があります)アストリアに住むほどの映画好きで、さまざまな難関を乗り越えて映画会社に入ったのに、そこでの仕事はとても誇れるようなものではありません。それでも我慢して働き続けるのは、ずっと周りの期待に応えてきたという責任感の強さによるものでしょう。

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そんな真面目で優秀な新入社員ジェーンを演じたのはジュリア・ガーナー(Julia Garner)。理想と現実のギャップを見て見ぬ振りをし、それに絡みとられていく見えない恐怖を静かに体現します。

すべての場面に彼女が登場し、その一挙一動までカメラが追う映画ですが、他に目立つ役どころとしては、シエナ役でクリスティン・フロセス(Kristine Froseth)、HR責任者の役でマシュー・マクファディン(Matthew Macfadyen)が出ています。

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公式サイト
アシスタントThe Assistant

[仕入れ担当]