映画「青いカフタンの仕立て屋(Le bleu du caftan)」

Le bleu du caftan 2年前に観たマリヤム・トゥザニ(Maryam Touzani)監督の長編第1作目「モロッコ、彼女たちの朝」は、伝統的イスラム社会における女性の生き難さと連帯を描いたものでしたが、この第2作目は、男性も戒律に縛られ、ありのままに生きられないという状況を下敷きにしたものです。

主な登場人物が3人しかいないこぢんまりとした物語ながら、心の奥底に深い感動を残してくれる素晴らしい作品でした。光沢を放つ滑らかな布と登場人物の手先の組み合わせが実に官能的で、カフタンに刺繍を施す地道な作業に目を奪われているうちに、そのシーンがもつ意味に気付いてじわっと染みていくというタイプの映画です。

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前作に続いて「愛より強い旅」「灼熱の魂」のルブナ・アザバル(Lubna Azabal)が素晴らしい演技をみせるのですが、本作では彼女の夫を演じたサーレフ・バクリ(Saleh Bakri)の演技が出色です。おとなしいようで情熱を秘めたその人物像は、メディナの喧騒と室内の静寂さを巧みに切り換えながら心象風景を映し出していくこの映画の屋台骨になっています。

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映画の始まりは流れるような美しいブルーの布地。ルブナ・アザバル演じるミナとその夫ハリムはモロッコ中部の港町サレで小さな仕立屋を営んでいます。ハリムの父が仕立職人で、彼が店を継ぎ、妻となったミナが接客を担当しているということがわかってきます。

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ハリムは腕の良い職人らしく注文がたくさん入りますが、手作業にこだわってミシンを使わないことから、仕立てに時間がかかり、待たされている客も多いようです。急かす客を説得するのがミナの役割で、気の強い彼女だからこそできる仕事といえます。気の優しいハリムは黙々と手仕事をするばかりです。

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納期に追われる夫婦が新しく雇い入れたのがユーセフという若者。これまでも何人か見習いを採用したようですが、忍耐のいる仕事だからか、いずれも長続きしなかったようです。ミナは“どうせすぐに辞めて物売りか配達の仕事に就く”と冷たく言い放ちますが、これは単に今までの経験から諦めているだけでないということが次第にわかってきます。

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若干ネタバレになってしまいますが、ユーセフがハリムに仕える姿を見て、彼の思いと言いましょうか、師弟関係を超えた感情を見て取ったのです。つまり嫉妬ですね。

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ハリムの母は彼が産まれた際に亡くなりました。ハリムの命と引き替えに母の命が潰えたわけですが、その苦い思いを引きずり続けた父との関係は良好とは言えなかったようです。ことあるごとに父に責められて育ったせいか、感情を顕わにしない内向的な性格になったようです。

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そのせいなのか、ハリムは妻ミナとも良好な夫婦生活を送りながら、密かにハマムで男性と関係するという隠された面を持ち合わせています。それに薄々気付いていたミナは、ユーセフの存在が気になって仕方ないのです。

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しかしミナは次第に考えを変えていきます。なぜなら自分の余命を意識し始めたから。彼女は乳がんを患い、その緩和ケアの段階にあるのですが、ハリムの彼女に対する愛を確信し、彼女亡き後のハリムがどう生きるべきか、そのために残りの人生をどう生きるべきかという視点で暮らすようになったのです。

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病身を押してご馳走のルフィサ(Rfissa)を作り、ハリムに甘えて髪を洗って貰います。ユーセフにも心を開いて部屋に迎え入れ、ハリムと一緒にハマムに行くように促します。ハリムの愛情を全面的に受け入れ、ハリムがこれからも愛情に溢れた生活を営めるように仕向けるのです。

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刺繍を施す手、ハマムで黒石鹸(Moroccan Black Soap)を受け取る手、ミナの髪を洗う手、ユーセフの傷んだ掌を労る手。ハリム役のサーレフ・バクリは寡黙なかわりにちょっとした表情と手先で多くを語ります。父親は監督、兄弟も俳優という芸能一家出身のパレスチナ人だそうですが、ぴったりな役者を見つけたものだと思いました。

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ユーセフ役のアイユーブ・ミシウィ(Ayoub Missioui)はカサブランカ出身の新人俳優だそう。ルブナ・アザバルとサーレフ・バクリの円熟した演技と彼の新鮮さがうまく調和し、長年連れ添った夫婦と新たに加わった若者という設定にリアリティをもたせます。

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途中、ミナがリーフ語で歌を口ずさむ場面があります。彼女のこれまでの人生にまったく触れないこの物語で、唯一、彼女の出自を示す場面なのかも知れません。だとすれば、ここに至る過程にも厳しいものがあったでしょうし、彼女の強さはそこで培われたものなのでしょう。敢えて描かれなかった彼女の背景にも興味深いものがあります。

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公式サイト
青いカフタンの仕立て屋

[仕入れ担当]