久しぶりの中国映画です。この前に観た中国映画、チャン・イーモウ監督「ワン・セカンド」も中国西域を舞台にした映画でしたが、本作はその陝西省の西隣、甘粛省の農村で繰り広げられる物語です。
甘粛省は内蒙古自治区の南から西側へと延びていく広域な省。本作はリー・ルイジュン(李睿珺)監督の故郷でもある张掖市高台县の花墙子という村で撮影されたそうですが、川沿いにある農耕地を除くとほとんどが砂漠という峻烈な土地柄です。高台县の人口は16万人程度と言いますから、このような辺鄙な場所の小さな集落から、世界の映画祭で活躍するような監督が出てきたことにも驚かされます。
主人公のヨウティエ(有铁)は、兄ヨウトン(有铜)とその家族と同居しています。どうやら4人兄弟のようですが、長兄ヨウキェン(有金)と次兄ヨウイン(有銀)は既に鬼籍に入り、残った2人のうち所帯を持っているヨウトンが独り身のヨウティエを居候させてやっているようです。ちなみにこの兄弟の名は五金(錫がありませんが)に因んで付けられていますが、家業が金物屋というわけではなさそうです。
そしてもう一人の主人公、クイイン(贵英)は身体に障碍がある女性で兄夫婦と暮らしているようです。ヨウトンの妻は、息子の縁談の妨げにならないように、ヨウティエを家から出したいと思ったようで、クイインの兄嫁と図ってヨウティエとクイインを見合いさせます。彼らが所帯を持てば、どちらの家も厄介払いできるという算段です。

二人とも口べたで引っ込み思案ですので、本人同士の会話がないまま結婚が決まり、近くの空き家で一緒に暮らし始めます。ヨウティエが麦やモロコシを栽培し、クイインはその手伝い。ひたむきな生き方にお互い通じ合うものがあるのでしょう。貧しい暮らしの中で次第に気持ちが通じ合うようになっていきます。クイインのために有精卵を借りてきて、それを孵化させて、ゆくゆくは卵を食べられるようにする計画です。

村長なのか、地域の有力者が手術することになり、輸血が必要になります。村落共同体が機能しているようで、みんなで話し合って協力しようということになるのですが、必要な血液はRHマイナスで、提供できるのはヨウティエのみ。この話し合い自体が出来レースなのかも知れませんが、ヨウティエは反対するクイインをたしなめ、献血に協力することになります。正直者がバカを見る、という気もしますが、これがヨウトンの生き方のようです。

兄の息子の婚礼が近づき、ヨウティエはその手伝いで町から荷物を運んでくることになります。どういうわけかクイインは失禁しがちなのですが、町で婦人用のロングコートを見かけたヨウティエは、これならクイインの尻を隠せる、失禁しても他人に知られないだろうと思い立ち、それを買おうとします。しかしお金が足りません。諦めかけていたところ、たまたま近くにいた村長の息子がカネを払ってくれます。もちろん、再度の輸血に供えて恩を着せているだけですが、献血したおかげでコートを得られたともいえます。
当地では、都市化を進めるため、空き家を解体すると地域の政府が15,000元支払ってくれるという制度があるようです。この映画の時代設定は2011年だそうですから、当時の為替レート12.5円で換算すると日本円で20万円程度でしょうか。その程度の金額でも、わざわざ深圳や東莞から解体のために帰省しているところを見ると、時限立法的な制度なのかも知れません。

そのせいでヨウティエとクイインは立ち退きを迫られ、作業小屋のような別の空き家に移ることになるのですが、そこにも長居はできませんので、自分たちの家を建てることにします。壁にする日干し煉瓦を作るのも、屋根を葺く茅を編むのも、すべて二人の手作業です。豪雨で煉瓦が溶け出しそうになったり、いろいろ苦労がありますが、なんとか新居を得ることができます。

畑を耕すのも作物を運ぶのもロバの動力という、21世紀とは思えない彼らの暮らしぶりですが、村長の息子は日頃からBMWで町に出かけていますし、村人たちにも都会的で現代的な暮らしへの憧れがあるようです。

ある日、兄ヨウトンが、公営住宅の入居者を募集している、貧しい人が優先されるというのでオマエの名前で申し込んでおいた、入居に必要な10,000元はオレが立て替えてやると言ってきます。ゆくゆくは息子の新居にしたいという下心があるのかも知れませんが、結果的に兄の目論見通りヨウティエが当選します。しかし彼にとって町での暮らしも高層階からの眺望も無価値です。カネができたらクイインが好きなTVを買ってやりたいという望み以外に物質的な欲はなく、今のまま二人で静かに暮らしていたいと願うだけなのです。

こう文章で書くと、牧歌的で心豊かな生活をイメージしてしまいそうですが、スクリーンに映し出されるのは乾燥した荒れ地と広大な砂漠ばかりです。王兵監督「無言歌」も甘粛省が舞台でしたが、2011年になっても、下放が行われた1950年代とほぼ同じ風景がひろがります。過酷な土地しか選べない人々と都市部の人々の格差の大きさを見ると、つつましく誠実なヨウティエとクイインを踏み台にするような村人たちの行いも仕方なく思えてきます。

そのような中国西域のありのままを、声高に政府批判を叫ぶことなく、わかる人にはわかるという立ち位置で描いていく映画です。主役ヨウティエを演じたのは監督の叔父、兄ヨウトンの妻役は伯母という手作り感あふれる作品ですので、それほど制作費はかかっていないと思いますが、エンドロールで流れる制作会社や協力会社の多さを見ると政治的な横やりは避けたいところでしょう。それでも、舞い上がる砂埃に隠されてという原題が示すような、経済発展から取り残された地域の実情が見えるという点で価値ある作品だと思います。

主役は素人ですが、その妻クイイン役を演じたのは北京电影学院出身のベテラン女優ハイ・チン(海清)。ノーメイクでの出演で、一見、有名女優とは思えない外見ながら、圧倒的な演技力で物語を引っ張っていきます。だんだん美しくなっていく彼女と、本物の農民であるヨウティエ役ウー・レンリン(武仁林)とのコンビネーションが絶妙です。

出てくる食べ物も素朴なものばかりですが、主食である饅頭や麺、祝い菓子として出てくる麻花など、彼らがあまりにも美味しそうに食べるので、ちょっと味わってみたくなります。

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小さき麦の花
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