元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン(David Byrne)が2018年のアルバム「アメリカン・ユートピア」を元に創り上げた同名のショーを「ブラック・クランズマン」のスパイク・リー(Spike Lee)監督が映画化したライブフィルムです。コンサートへの渇望感が高まっている今日この頃、これが呼び水になってますますライブに行きたくなりました。
ブロードウェイのハドソン劇場(Hudson Theatre)で行われていたステージを撮影しただけの映画ですが、さすがスパイク・リー、撮影テクニックを駆使して楽しませてくれます。
まず立ち上がりはステージを真俯瞰から撮った映像。そして脳の模型を持ったデヴィッド・バーンが語り始めます。人間の脳は生まれたときに数億のニューラルネットワークを持っているが、成長に伴って失われていく、つまり、赤ちゃんのときは賢くて大人になってバカの絶頂に達するという話です。

ここでポイントになるのが、ネットワークが失われていくという部分。このショーのテーマである“人と人の繋がり”は、移民排斥を謳い、白人中心のナショナリズムを煽っていたドナルド・トランプの再選が不安視されていた2019年の世相を反映したものなのです。

その点で、「ブラック・クランズマン」にアレック・ボールドウィンを登場させ、ドナルド・トランプを皮肉っていたスパイク・リー監督と相通じる危機感が滲みます。ショーはもちろん、おそらく映画化に至る過程を含めて、強い政治的意図を持たせた作品です。

それは、ステージ上のパフォーマーたちが多人種で構成されていることや、ジャネール・モネイのHell You Talmboutを歌い上げてBLMを訴えることからも明確に伝わってきます。デヴィッド・バーンがいうユートピアは、トランプ政権によって分断された米国を再び繋げることなのでしょう。
もちろん、政治主張だけではありません。ショーそのものも非常に完成度が高く、最初から最後までステージ上で繰り広げられるパフォーマンスに目が釘付けになります。トーキング・ヘッズ時代の懐かしい楽曲も多数披露されますので、最新アルバムを聴いていなくても十分に楽しめると思います。

特に小道具などなく、客席側を除く三方に縄暖簾のような仕切りを設けただけのシンプルなステージ。パフォーマーたちも、全員がデヴィッド・バーンとお揃いのライトグレーのスーツを着て、手持ちの楽器を携えて登場します。デヴィッド・バーンいわく、照明を当てるとくっきり映え、照明を外すと闇に溶けるグレーが最適だと考えたとのこと。見た目はマーチングバンド風でローテクですが、すべての楽器がワイヤレスであり、各自が肩にBlackTraxの通信機を付けて照明のコントロールをしているなど密かにハイテクです。
撮影テクニックも凄くて、一体どこから撮っているのか、何台カメラを設置しているのか、気になり出すとキリがありませんが、おそらく複数の公演の映像を組み合わせて使っているのでしょう。その効果は抜群で、どのパートをとっても臨場感あふれるシーンばかり。エンドロールが終わった途端、映画館内で拍手が沸き起こりましたが、まさにその場にいるような没入感に浸れる映画でした。ご自宅ではなく劇場で味わいたい作品です。
映画でこれだけ満足できるのですから、実際にブロードウェイでみたらきっと最高でしょう。2020年秋に予定されていた再上演はcovid-19で延期の憂き目を見ましたが、どうやらこの秋の公演が決まったようです。
公式サイト
アメリカン・ユートピア
[仕入れ担当]