杭州市の富陽で暮らす老母と4人の息子、その子どもたちの2年間の物語です。目まぐるしく変化していく現代中国の日常と、滔々と流れ続ける富春江という対称的な情景を下地にして(ポスターは1986年建立の龟川阁)、ありふれた家族に訪れた人生の転機を情緒豊かな映像で描いていきます。
監督はこれが長編デビュー作というグー・シャオガン(顾晓刚)。1980年代から90年代にかけて注目を集めた台湾ニューシネマを彷彿させる作風ながら、1988年生まれというまだ若い監督です。出演者のほとんどが親族や友人で舞台も生まれ故郷の富陽と聞くと私小説的な作品を想像してしまいますが、監督を思わせる人物が登場しないばかりか特に誰かにフォーカスすることもなく、満遍なく大家族の四季を追う群像劇です。
映画の始まりは顧家の老母ユーフォン(玉兰)の誕生日会場。長男ヨウフー(有富)が経営する料理店“黄金大酒店”に4兄弟とその家族、関係者が大勢集まって祝宴が催されています。メインディッシュは漁師である次男ヨウルー(有路)が富春江で獲ってきた鱸のようです。中国らしく、宴席でビジネスから縁談までさまざまな関係が育まれています。
しかし、宴もたけなわ、といったところで突然ユーフォンが倒れ、救急搬送されてしまいます。一命はとりとめますが、認知症が進んで介護が必要になり、4兄弟の誰かが扶養をしなくてはなりません。それぞれの生活がありますし、お金の問題もあって、誰もが腰が退けています。
料理店経営の資金繰りで苦労しているヨウフーの妻フォンジュエン(凤娟)は、娘のグーシー(顾喜)を資産家のワンさんに嫁がせたいと思っています。しかしグーシーには、教師をしているジャン先生(江老师)という恋人がいることもあって、自分の結婚を親が決めることに大反対です。
これは世代間の価値観相違でもあるのですが、世代差は家族構成にも現れていて、ユーフォンの息子たちが4人兄弟であるのに対し、その子どもたちはすべて一人っ子。昔ながらの大家族で育った人たちと、夫婦と子ども一人の核家族で育った人とでは自ずと考え方が異なります。その上、中国経済の発展に伴ってライフスタイルも多様化し、豊かになる人と変わらない人の経済的格差も開いています。世代間の乖離がかつてなく広がっている時代なのかも知れません。
次男の漁師ヨウルーと妻アイン(阿英)はこれまで町なかで暮らしていましたが、その住居も再開発で取り壊しが決まり、今は船上で暮らしています。それでいながら、支払われた立ち退き料を息子ヤンヤン(阳阳)の新居に使おうとしているあたりも、時代性を象徴すると同時に世代間のライフスタイルの違いを物語るエピソードです。
三男のヨウジン(有金)は離婚し、男手ひとつでダウン症の息子カンカン(康康)を育てている関係で常に金銭的な問題を抱えています。そして四男ヨウホン(有宏)は独身のまま気楽な生活を送りながら再開発の解体現場で働いていて、そろそろ結婚を考えるように周囲から圧力をかけられています。
ユーフォンの認知症をきっかけに家族それぞれの問題が明らかになっていくのですが、中でも大きな問題はグーシーとジャン先生の自由恋愛、ヨウジンが治療費の工面のために手を出したイカサマ賭博の二つで、これらが物語を推し進める原動力になっていきます。
市井の人々の日常を描いていく映画ですので、高い演技力よりもリアリティを求めたのでしょう。ヨウフー役は監督の叔父でフォンジュエン役はその妻、次男のヨウルー役は家族と付き合いのあった漁師でアイン役はその妻といった具合に、ほとんどが監督の身内で、演じている役も実生活に近いものだそうです。

その中でプロの俳優は老母ユーフォン役のドゥー・ホンジェン(杜红军)、グーシー役のポン・ルーチー(彭璐琦)、ジャン先生役のジュアン・イー(庄一)ぐらいとのこと。確かにユーフォンの認知症の演技にも感心させられますが、やはりスゴイのはジャン先生の水泳のシーンでしょう。
水泳のシーンというのは、グーシーとデート中のジャン先生が富春江を泳いで見せるという場面。会話の流れで川に入ったジャン先生が、おもむろに泳ぎ始めるのですが、川岸を歩いて行くグーシーと川を泳いでいくジャン先生をボート上のカメラでずっと追い続けます。プロの俳優とはいえ、10分近くのワンカットを演じるのは大変でしょうし、このような難しいシーンを撮ろうとした監督にも驚かされます。おかげで富春江の雄大さと、富春江の傍らでの暮らしを瞬時に感じさせてくれます。
映画の着想源は元朝末期の水墨画家・黄公望が当地を描いた「富春山居図」だそうで、この横移動の長回しは山水画の印象をそのまま反映させたものなのでしょう。
その風流な情景に2022年アジア大会を控えた街の変貌を重ね合わせ、中国のダイナミズムを独特の感性で映像に落とし込んだグー・シャオガン監督、次作に注目ですね。本作は3部作の第一部で、既に第二部の「銭塘茶人」の製作が決定しているようです。
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春江水暖
[仕入れ担当]