久々の日本人監督の映画です。といっても、舞台はフィリピン、登場人物もすべてフィリピン人で、それも悪役として出演している女優以外はまったくの素人という手作り感あふれる作品です。
1975年生まれの長谷井宏紀監督にとって初の長編作品となるそうです。やや荒削りな印象もありますが、その素朴さが登場人物たちの生活感あふれる佇まいと美しい映像を際立たせています。
物語は非常にシンプルで、 マニラの路上で暮らす孤児のブランカが、盲目のギター弾きピーターと出会い、得意な歌でお金を稼ぐように勧められるというお話。少女ブランカがピーターに家族のような温かな気持ちを抱いていく様子を軸に、スラムに生きる子どもたちの厳しい現実が描かれていきます。
飲んだくれの母親が男と出て行ってしまい、路上で独り暮らししているブランカ。スリや引ったくりで日々の収入を得て、その蓄えは路傍のマリア像の下に隠しています。
ある日、有名女優が孤児を養子に迎えたことを紹介する街頭テレビを観ていたブランカ。そばでテレビを観ていた男が、その女優を3万ペソで買いたいと呟いたのを耳にして、母親を買いたいと思い始めます。子どものことを買えるのだから、母親だって買えるはずという理屈です。
蓄えの一部を使って母親募集のチラシを作り、街角に貼って歩きます。そんな中で盲目のギター弾きピーターと知り合います。
歌がうまければお金が稼げるとピーターから言われ、路上で歌っているところをナイトクラブのオーナーからスカウトされます。ピーターの伴奏でブランカが歌い、それが評判になって客も増えていきます。しかし、順風満帆に見えたその生活も長くは続きませんでした。トラブルでクラブから追い出され、また路上生活に逆戻りです。
近くで路上生活していた2人組の少年、ラウルとセバスチャンと知り合い、彼らとチームを組んで引ったくりで稼ぎますが、いつの間にかブランカに魔の手が迫っていました。身寄りのない少女を騙し、売春宿に売り飛ばしている女に付け狙われていたのです。
そんな感じでストーリーが展開していくのですが、先が読めても観続けられるのは、ブランカの懸命な眼差しとピーターの味のあるキャラクターゆえでしょう。特にエンディングのブランカの表情には、ぐっと引き付けられるものがあります。
ブランカを演じたサイデル・ガブテロ(Cydel Gabutero)は2004年生まれと言いますから、撮影当時は10歳ぐらいでしょうか。歌う姿をYouTubeにアップしていたところ、本作のプロデューサーに見出されて出演が決まったそうです。確かに歌も上手ですが、それより何より、気取らない風情にリアリティがあるところが映画の支柱になっています。
劇中で彼女が歌う曲は、フィリピンで良く知られたカリノサ(Cariñosa)という曲に、監督が作った詞をタガログ語訳してのせたものだそう。家のことをカサと言ったり、タガログ語にはスペイン由来の言葉がたくさんあるようですが、この語感からして恋人(Cariño)に近い意味なのでしょう。いかにもフィリピンという感じです。
ピーター役のピーター・ミラリ(Peter Millari)は本物のストリートミュージシャンだそうです。またラウルを演じたレイモンド・カマチョ(Raymond Camacho)も、セバスチャンを演じたジョマル・ビスヨ(Jomar Bisuyo)も本物のストリートチルドレンだそう。どうりで、街角に佇んでいるだけで風景にすっと馴染んでいくはずです。
ブランカを騙そうとする中年女性を演じたルビー・ルイズ(Ruby Ruiz)はフィリピンのベテラン女優で「ボーン・レガシー」にも薬剤師役か何かで出演していたそうです。確かに彼女だけは映画の文脈に沿っているような気がしました。
きらきらとした美しい映像のこの作品、撮影は大西健之という方だそうです。スラムを舞台にしながら、どことなくファンタジーのように見えるのは、この映像のおかげだと思います。
公式サイト
ブランカとギター弾き(facebook)
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