今はどうか知りませんが、私が子どもの頃、福岡の小学生にとって夏休みの登校日といえば平和授業でした。毎年、広島や長崎の惨状を聞き、戦中戦後の窮乏を繰り返し聞いて育ちましたので、知るはずのない焼け野原さえ、ありありとイメージできてしまう世代です。
戦後70年を機にということでしょうか、この夏は太平洋戦争を扱った映画が何本か公開されました。あまり邦画は観ないのですが、なかなか評判が良いこの映画、久しぶりの平和授業のかわりに観てきました。
原作はご存じ、半藤一利さんの同名の著作です。岡本喜八監督が68年に映画化していますので、原田眞人監督が撮った本作はリメイクになるそうですが、私は旧作を観ていませんので比較して語ることはできません。ただ、本作を観た限り、原作を読んで一番強く感じた“戦争を終わらせる大変さ”が明確に伝わってきましたので、そういう意味で原作に忠実に作られた映画だと思います。
この映画の最大の見どころは、キャスティングの素晴らしさでしょう。終戦を巡る閣内と陸軍の動きを、昭和天皇、首相の鈴木貫太郎、陸軍大臣の阿南惟幾を軸に描いていくわけですが、中心人物であるこの3人を演じた俳優は、これ以上を望めない配役だったと思います。
まず、この物語の主人公ともいえる阿南惟幾を演じた役所広司。敗戦色が濃厚であることを認識しつつも本土決戦に命運を賭そうとする陸軍幹部と、天皇の意に沿い、理に適った決定をしようとする鈴木内閣の間に立つ苦悩、大勢から信頼されているが故の桎梏を、じわっと滲み出すような演技で表現していました。
視察に出向いた鈴木貫太郎が「もうまともな武器はないんだね」と吐き捨てたこの時期、誰がみても勝てる戦争ではないのですが、2千万が特攻すれば勝機があると主張する陸軍幹部は常軌を逸しています。とはいえ、陸軍の本分は陸戦にありますので、突き詰めていえば、本土決戦なくして陸軍の存在意義は発揮できないわけです。600万ともいわれた巨大組織を率いる自負と、いずれの正義を選択すべきかといった重圧は、役所広司の名演なくして描ききれなかったでしょう。
そんな阿南大臣を人徳で押し切った鈴木貫太郎を演じたのは、奇しくも鈴木首相と同郷出身の山崎努。モナドの近所にある上野高校の卒業生でもありますが、現在の日本で最高レベルの俳優ではないでしょうか。
ルーズベルト大統領の訃報に対する談話で知られるように、その品格と高潔な人柄で人を惹きつけた鈴木首相。その人物像の大きさを表現することは容易ではなかったと思いますが、山崎努だからこそ演じきれた役だと思いました。
そして昭和天皇を演じた本木雅弘。ひと昔前の呼び方だとモックンですが、おそれ多くてそんな風に呼べないほど、高貴さと清廉さを湛えた天皇像を巧みに演じていました。TVドラマ「坂の上の雲」で秋山真之を演じていたときも感じましたが、こういう難しい役ができる貴重な人だと思います。
戦争をテーマにした映画を観たとき、それが外国の映画だと、たいてい悲惨さや残酷さが印象に残りますが、日本の映画だとちょっと違いますね。軍事教練と称して竹槍を振るってみたり、クーデターを計画する反乱軍が、白いたすき掛けをして気合いを示したり、自転車で一列になって爆走したり、あまりに愚かしく、切なくなるばかり。日本人としては、笑い泣きするしかありません。先人たちが「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」何を死守したのか、改めて考える際にお勧めの映画です。
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