伝説的に語り継がれるカルト映画「エル・トポ」。ニューヨークのミニシアター、エルジンの深夜上映で各界の著名人から絶賛されながらも、その奇抜な内容で、日本公開に十余年の歳月を要したという問題作でした。その監督、アレハンドロ・ホドロフスキー(Alejandro Jodorowsky)の最新作が去年のカンヌ映画祭で上映されたときには、まだ生きていたのか?と驚いた方も多かったと思います。
御年85歳だそうです。外見といい、作品といい、エネルギーに溢れていて驚愕です。これでゴダールより年上とは……。若い頃は禅や空手にのめり込み(エル・トポのウサギは空手の成果という噂)、カバラやタントラやスーフィズムを経て、近年はサイコシャーマニズムに傾倒しているそうですが、どこか違った世界で生きているのかも知れません。
カンヌから遅れること1年、ようやく公開された本作は、自らが執筆した自伝をベースにした映画。少年時代の監督自身と両親にまつわるエピソードの部分を抽出して、虚実ないまぜに物語が展開します。ちなみにこの自伝、真砂坂上の文遊社という出版社から翻訳が出ていて、日本語で読むことができます。
父親のハイメはウクライナからチリに移住してきたロシア系ユダヤ人。商店経営で裕福な暮らしをしながら、共産主義者というアンビバレンツな人物です。消防団に入って勇敢さを示し、息子にはマッチョな子育てを実践していますが、共産主義者の仲間にオカマがいたり、そのあたりも今ひとつ一貫性がありません。
母親のサラは元オペラ歌手ということで、セリフはすべてミュージカルのように歌になっています。息子のアレハンドロに亡父の面影を重ね合わせていて、息子に長髪のカツラを被せたり、彼女もまた一風変わった人物です。夫のハイメとは対照的に信仰が篤いことも、両親から愛されたいと願う息子の立ち位置を複雑にしています。
友達からユダヤ系特有のワシ鼻をピノキオと嘲られ、不具者と親しくして父親に怒られたり、貧しい友達にあげた赤い靴がその少年に不幸をもたらしたりといった事件を交えて、映画の前半ではアレハンドロの生活が描かれていきます。
そして後半は、イバニェス大統領の独裁に反対する共産主義者として行動を起こす父親ハイメを中心に展開します。一連の出来事で傷ついたハイメは、それまでの無神論やマチスモを改め、精神的な成長を果たすことになるのですが、それを見届けた息子アレハンドロの成長譚にもなっているところがミソです。
とても風変わりな物語、見方によっては壮絶な物語ですが、チリの明るい陽光と色鮮やかな映像のおかげで悲壮感はありません。また大勢の乞食や不具者、浜に打ち上げられた大量の鰯やそれを狙って襲来する海鳥など、さまざまな要素を過剰にすることで、本来とは違ったイメージを与えるあたりもホドロフスキーなのでしょう。
なお、ときおり現れてアレハンドロ少年を支える老人はホドロフスキー監督自身、父親ハイメ、行者、アナキストを演じた3人は監督の実の息子たち、硝石鉱夫たち(いちばん下の写真)はトコピージャの住民だそうです。
全体的にユーモラスな印象を受ける映画ですが、後でいろいろなシーンが蘇ってくる味わい深い一本です。私は帰宅後、古い「エルトポ」のプログラムを探し出してきてしばらく読みふけってしまいました。左ページ右上の写真は当時のアレハンドロ・ホドロフスキー監督、小さくてわかりにくいのですが右ページ右上の写真に写っている子どもが今回ハイメを演じた長男のブロンティス・ホドロフスキー(Brontis Jodorowsky)です。
公式サイト
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