ラテンビート映画祭から、あと2作ほどご紹介しようと思っているのですが、今回は映画祭から離れて、日比谷シャンテで上映中の作品をご紹介します。
国内での上映は珍しいアルゼンチン映画、スペイン語です。監督はこれが初の長編作品というナタリア・スミルノフ(Natalia Smirnoff)。
とりたてて劇的なことが起こらない静かな映画ですが、女性監督らしい細やかな描写が魅力です。以前、ご紹介した「グッド・ハーブ(Las buenas hierbas)」がお好きな方なら、きっとお気に召すでしょう。
主人公のマリア・デル・カルメンは、首都ブエノサイレスで暮らす専業主婦。自動車整備工場を経営する夫と、立派に成長した息子2人の幸せな家庭を営んでいます。
映画のオープニングはホームパーティの準備をしているシーン。パンをこね、丸鶏を焼き、ケーキのデコレーションをしていくマリア・デル・カルメンをカメラが追います。
続いてパーティのシーン。ここでも忙しく立ち働くマリア・デル・カルメンは、慌てて運んだサラミの皿を割ってしまったりバタバタです。その後、キッチンでケーキにロウソクを立て、リビングに運んでいったところで、これが彼女の50歳のバースデーパーティだったことがわかります。
そんな、家事に浸りっきりのマリア・デル・カルメンですが、誕生日プレゼントに贈られたジグソーパズルで遊んでいるうちに、自らの隠された才能に気付きます。パズルに興味を持った彼女が専門店に新しいパズルを探しに行くと、パズル選手権出場のためのパートナー募集の広告を発見し、早速、応募して訪ねていくことに……。
パートナーを募集していたロベルトはパズルマニアの裕福な紳士。マリア・デル・カルメンの才能を見抜いたロベルトは、彼女をパートナーに選び、週に2回、彼の邸宅で一緒に練習しようと提案します。それまでの狭い世界から新しい世界に踏み出したマリア・デル・カルメンですが、選手権優勝者はドイツで行われる世界大会に参加できるという話には、さすがに及び腰です。
自宅では、事業承継の話で夫と息子が言い争ったり、息子の独立資金にしようと空いている土地を売却したら、その使途で息子ともめたり、次男のガールフレンドがベジタリアンでマリア・デル・カルメンの肉料理に否定的だったり、小さな問題はいくつもありますが、だからといって家族の絆が壊れることはありません。
そんなありふれた日常の中で、違う世界に暮らすロベルトの生活に興味を持ちつつ、家族に気付かれないようにパズルに没頭するマリア・デル・カルメン。映画の終盤、パズルの腕前を褒められた彼女が、「パズルを広げて見ることを教えてもらったおかげ」と応えるシーンがありますが、平凡な主婦が違った視点をもつことで変化していく内面を丁寧に描いていく映画です。
特にラストシーンの気持ちよさは格別。こういうしっとりした小品は、秋の晴れた午後にぴったりだと思います。
公式サイト
幸せパズル
[仕入れ担当]