フランス映画というと恋愛の深淵をのぞき込むような作品が多いのですが、このところ「あるいは裏切りという名の犬(36 Quai des Orfèvres)」や「ジャック・メスリーヌ(L’Instinct de mort、L’ennemi public n°1)」といったスタイリッシュなクライム・ムービーが目立ちます。この「すべて彼女のために」は、ある意味、直情的な恋愛映画でもあるのですが、大筋では脱獄をテーマに据えたフレンチ・フィルム・ノワール的な作品です。
国語教師の夫、出版社勤務の妻、幼い一人息子の幸せな家庭に、突然、警察が訪れ、妻を殺人容疑で逮捕します。夫は妻を救うため奔走しますが、なかなか有利な証拠を得ることができないまま3年の時が過ぎ、20年の禁固刑が言い渡されてしまうことに。
週に一度の面会では一人息子も母親になつきません。妻の心は次第に病んでいき、自殺を図ったり、持病の薬の服用を拒んだり、夫の浮気を疑ったり……。もうこれ以上、妻の心が持ちこたえられないと思った夫は、脱獄関係の書籍を出版した作家に教えを請い、緻密な脱獄計画を立て始めます。
夫役のヴァンサン・ランドン(Vincent Lindon)、妻役のダイアン・クルーガー(Diane Kruger)、共に抑制の効いた演技が光ります。特にダイアン・クルーガーの演技のうまさにはびっくり。次第に狂気にとらわれていくあたりは、モデル出身ながら、フランス女優以上だと思いました。また、「女はみんな生きている(Chaos)」のダメ夫役が印象的だったヴァンサン・ランドン。よくよく調べてみると、「ベティ・ブルー(37º2 le matin)」の警官役だった人なんですね。キャリアの長さに驚きました。
派手な銃撃戦やカーチェイスがあるわけではないのですが、緊張感のある場面が続き、画面に引き込まれていくタイプの映画です。「ミリオンダラー・ベイビー」や「クラッシュ」でアカデミー作品賞を獲った脚本家のポール・ハギス(Paul Haggis)が、この作品をリメイクしたいというのも納得がいく、巧みな演出が際立つ映画だと思います。
アカデミー賞といえば、今年の作品賞も緊張感の続く(観客に緊張を強いる?)映画ですが、個人的には「すべて彼女のために」の緊張感の方が心地よく感じました。話題作だからとアカデミー作品を観に行った後、口直しが欲しい方にもお勧めできます。
公式サイト
すべて彼女のために(Anything For Her)
[仕入れ担当]